「ゴメンねパーシー。すっかり忘れちゃってて・・・」

「ハハハ、いえいえわたしのコトなら気にしなくて大丈夫ですよ。結局なんとかはなりましたから」

 

目の前で柔和に笑うすきっ歯の男の表情を見て、愛澤悠奈はホッとしたような笑顔を浮かべる。

安心したのだろうか、彼の反応如何によっては自分がママやヴァネッサ先生に叱られてしまうかも?とそんな危機感も抱いていたからだ。

見知らぬ場所に半ば強引に連れてきて何時間も放って置いた挙句、寝床を用意してやると偉そうに約束したにも関わらず、昨日はすっかりそのコトを忘れて京に連れられるがまま、日向や七海たちと夜遅くまで散々に遊び歩いてしまった。流石に自責の念にかられる。

 

「近藤先生もゴメンね。いきなりパーシーのコトお願いしちゃってさ。ありがと。オレもユウナも助かっちゃった」

「ホントに!近藤先生、本当にありがとうございました。いつもお世話になって・・・」

「いや、なに。そんなことは全然気にしなくていい。難義している人がいれば助けることが人道として当たり前のことだろう。それに、パーシーさんからはいろいろ面白い話も聞けたしな」

「え!?なになに?オモロいハナシってどんなん!?」

「オレたちにも教えて近藤先生!」

「たははははは・・・はて?わたし何か言いましたっけねえ?いや、言ったんでしょう。言った本人が何を言ったか忘れてるなんて、こりゃまいった。いや、傑作だ。だっはっはっはっは!」

 

自分の話であるのに、まるで他人事のように一人、己に突っ込んではバカ笑いしている当のパーシーの反応はちょっとひっかかるが、昨夜の置いてけぼりのコトは主な責任が自分にあるので、これ以上彼自身に突っ込むのはやめるコトにした。

元はと言えばあのダークチルドレンズが悪いのだ。そしてユイトというムカつくあの男。

コッチの世界に乗り込んで来ては気持ち悪いモンスターを召喚して、見境なく迷惑をかけては暴れ回る。

あのコたちのせいで妙に気が散って普段忘れないようなコトまで忘れてしまう。

全部あのコたちのせいだ!と頭の中で責任転嫁しながらも悠奈は短く溜息をついた。

 

ユイトやサキたち、ダークチルドレンズが突然こちらの世界に攻め込んできた昨日から一夜明け、悠奈や日向は新たな仲間、パーシーというこの男が近藤勇蔵の自宅兼道場に一晩厄介になったと聞き、放課後こうしてその現場に駆けつけてきていた。

およそ現実世界のこととは到底思えない現象が身に起こり、異世界を眼にし、魔法や魔物に巻き込まれる生活を送り始めてはや、数カ月。そろそろ悠奈の新学期生活も1学期大詰めとなってきた。

レイアたちフェアリーや異世界・グローリーグラウンドの存在にもすっかり慣れはしたのだが、この学校に転校し、初等部3年生へと進級した自分が求めていた、自分自身を変えるための日常。確かに大きすぎる変化は経験したが、果たしてこれが望んでいたものなのかと聞かれるとすべてがそうではないだろう。

もうちょっとフツーでよかったんだけど・・・という思いが悠奈の頭をぐるぐると巡っていた。

「しかし、パーシーさん。昨日伺った話なんだが・・・どうもアナタはふと気がついた時。その薬学が有名な街にいたそうだが?」

「ええ、そうなんですよ。気がついたらドウンガという街で倒れていまして・・・聞けばその街は薬学で世界的に有名な街であると、様々な薬草や医学書なんかを求めて遠くの国からわざわざ足を運ぶ学者や医師も大勢いるんだとか、わたしもふと気がついたら薬がたくさん入ったカバンを腰から下げていましてね、偶然って面白いというかなんというか・・・ぐはははっ」

「ふむ・・・単なる偶然なのか?それともパーシーさんが何か薬学に関係した分野の人だったのなら、そのドウンガという街をはじめなにか医学薬学に通じる村や街なんかを当たれば手掛かりがつかめるかと思ったんだが・・・」

「ハハ・・すみませんねぇ近藤さんにまでお気を遣わせてしまいまして・・・ですが少なくともドウンガの街では私のコトを知る人には出会えませんでした。今現時点では私自身、どうしてよいやら・・・」

「慌てる必要はない。少しずつ手掛かりを探していけばいいさ。俺も乗り掛かった舟だ。最後まで協力するつもりだし、それにユウナくんたちもいるワケだからな」

と言って柔和な笑みを浮かべて悠奈たちの方を振り返った勇蔵に、彼等も笑顔でうなづく。

最初はいかつい雰囲気で近寄り難い、怖そうなイメージを持ったものだが、この近藤勇蔵という男、ヴァネッサや京に輪をかけて優しい人物だ。人当たりもよく、悠奈や他の子ども達にもいつも親切に接してくれる。

しかも冷静沈着で決して慌てず、どんな事態に面しても人より常に3手くらい先を読んでいる。彼がそんな人格者だからこそ、セイバーチルドレンズのメンバーたちも安心して懐いているのだ。

「しかしそうなってくるとますますあのダークチルドレンズとかいう子ども達の動向が気になってくるな。ソレにあの少年・・・」

「確か・・・八乙女・・ユイト・・っていうあのコのコトですか?」

「昨日の彼等のお互いの反応を見るに、あのサキという少女が率いているダークチルドレンズと八乙女ユイトというあの少年は完全に協力し合っている間柄という感じでもなさそうだった。いや、むしろ反目し合っているような印象まで受けたが・・・彼もてっきりダークチルドレンズのメンバーの1人と思っていたのだが、どうやら一枚岩ではなさそうだな」

「一時的な仲間割れなのか?それともそもそもあの少年はダークチルドレンズではないのか・・・気にはなるな」

背後から声をかけた土方歳武を一瞥して、勇蔵は湯呑みの茶をがぶりと飲み干した。

 

「トシ、お前の方は動けるのか?」

「できる限りは調整してみる。俺もユウナちゃんたちだけじゃなく、その子ども達の方も、グローリーグラウンドという異世界の事情も気になるしな」

「無理はするな。何せそんな見かけでも社長だからな」

「どんな見かけだよ?ったく、相変わらずキツイぜ勇さんはよ」

長年の相棒の冗談めいた皮肉にやれやれと苦笑い。

そこには幼少期からの先輩後輩の上下関係は残ってはいたが、互いが互いを兄弟のように知り尽くしている親友の雰囲気がありありと漂っていた。

「まぁ、とにかくパーシーさんのこれからのことは俺やトシ、一哉くんたちと相談して決めよう。悠奈くんの気持ちはありがたいが、ご両親や小さい妹さんもいるご家族に見ず知らずの男の人の寝床を用意させるのもどうかと思うしな。パ―シーさんも気を悪くせんでくれよ」

「いえいえいえ、自分でも十分怪しいと思いますし・・・それでなくともこれまでのお心遣いには本当に感謝してるんですから」

「ホントに、いろいろありがとね。コンドー先生に、土方のおじさん」

「本当に気にしなくていいんだよ。まだ小さいのに、責任感が強くていい子だねユウナちゃんは」

「うん、ユウナくんやヒナタくんの責任感のある態度、ちょっとはアイツに見習わせたいものだ」

 

 

 

 

 

「お〜〜し・・いいぞ。いいぞぉ、そのちょーしだぁ。いけ、いけ、行っとけテンカイゲキオー・・よしっ!ソコだっ!刺せっ!刺せっ!刺せえぇえ――ッッ!・・・・・っっだああぁ〜〜〜〜っっっっ・・・あ・・ああ・・あぁぁ〜〜〜・・・っソだろおぉ〜・・・?なんでだよぉ〜・・直線コース後ちょっとだったじゃねえかよォ〜・・・なんでそっから追い上げてんだよマテンサンオー・・ちっくしょおぉぉ〜〜〜・・・・っっ」

「あ〜あ、まぁたハズレてやんのバぁ〜カwドコがカタいレースなんだよ?」

「草薙さん・・・今度はいくら突っ込んでたんスか?」

「ちぃっくしょおぉぉ〜〜〜〜っっ!返せ!バカヤローのテンカイゲキオー!俺の虎の子の4万返せえぇ〜〜〜〜っっ!!」

「あぁ・・・この前ヒナタのかーさんに貰ったバイト代全部スったんスね・・・」

 

 

 

 

「・・・・・」

「・・・・・」

 

「ヒナタくんのおにーさん・・・おカネなくなっちゃったの?」

「自業自得だ」

「あのコは、ホントにもぅ・・・」

 

冷や汗まじりに問い尋ねる悠奈に、ガックリと肩を落としてあきれ果てながら答える歳武とヴァネッサ。

その先には、スマホにイヤホンをつけて画面を凝視して勢いよく実況していたかと思うと、絶叫を上げて大きく天を仰ぎ、涙交じりで恨みつらみを吐きながら地団太を踏んで悔しがっている草薙京の姿があった。

勇蔵も1人でぎゃーぎゃー喚く京を見て頭を抱えている。横の矢吹真吾や二階堂紅丸も呆れて項垂れるか小バカにして鼻で笑うかのどちらかである。

もともとの計画性のなさと浪費癖に、最近増えてきた博打遊びとダメ人間に磨きがかかってきている。

子ども達の教育上によろしい人間とはおおよそ言えないのだが、一応チルドレンズメンバー全体のリーダー的存在となっている日向の身内であるためか、みんな親しみとともに彼に懐いている。

もっとも麗奈や窈狼といったもともとあまり物事を考えない子や、純粋素直で無邪気に接することができる子からは、京の持つキャラクター性から無条件で受け入れられている場合もあるが。

 

「今日は学校早かったんだユウナくんたちは。何かあったのか?」

「ああ、今日ね。先生たちが会議か研究会らしくって、午前中でガッコー終わりなんだ」

「そうそう!だから今日授業なくってさ、低学年はイベントホールで映画見て終わりだったよね」

「せやせや!ラッキーやったよな♪」

「レイくんたち高学年の人は午前中アリーナでドッジボール大会やってたらしいケドね」

 

「ふ〜ん、だからか?」

「うん、ちょっとパーシーの様子が気になったからコンド―先生のトコヒナタくんと来てみただけ。ナナミや他のみんなもいたのは意外だったケド・・・」

「なんやユウナもかいな?ウチもいっしょ。ヒカルちゃんたちは?」

「ああ、オレらはお前ら帰った後に二次会で遅くまで盛り上がってな。そのまんまみんなで近藤先生のトコ泊ってん。先生の道場広いで〜、部屋いくつもあんねんもん」

「ホントよね〜ヴァネッサ先生とかは昨日途中で帰っちゃったケド、他のみんなはお泊りになって楽しかったね♪ちょっとした旅館みたいでさ。お風呂もチョー広いの!」

「門下生が泊まり込んで稽古する日もあるからな。そのための部屋なんだよ。そうか、だからキミたちもほとんど手ぶらでココから学校に行ったワケか・・・では、ユウナくんたちはともかく、ヒカルにレイ、キミらは早く帰ってご両親に顔を見せてあげなさい」

「えぇ〜〜〜っ?なんでぇ〜?まだいーじゃん、せっかく午後から丸々放課だよぉ?レナもっとレイちゃんと遊びたぁ〜い、ねぇ〜、レイちゃん♪」

「あー・・・ちょっと帰りてえかな・・・疲れたし」

「ふみぃ〜〜ん・・・・」

「ええぇ〜っ?まだいいじゃんコンド―センセぇったらぁ〜。どーせそのうち帰るんだしさぁ〜、あたしもヒカルちゃんともっといっしょにいたい〜」

「ん〜・・でもなぁ、今コンド―先生の話聞いてたらオレもしばらくオトンやオカンにカオ見せてへんしなぁ〜・・久々に実家帰ったろかなぁ?」

「あたいらはどーするアキラ?1回家帰る?」

「うん、とーちゃんやあかり姉のコトもあるし、そーするか」

 

それぞれの反応に違いこそあったが、光、麗、那深に麗奈、晃や沙良もひとまずはそれぞれの家へと帰ることとなった。

ややあって(麗奈は最後まで麗とまだ一緒に遊びたいとお決まりの駄々をこねていたが)、年長メンバーたちと別れた悠奈たち。危惧していたパーシーのことも問題ないようで彼のとりあえずの身の振り方も近藤勇蔵のおかげで何とかなったようだ。

(どうしよう・・・来たはいいけどアタシもやるコトなくなっちゃった)

と、不意に今日の自分の予定が白紙になったことに気づいた悠奈。

まだお昼の12時も回ってなかったが、このまま家に帰ってただダラダラと放課後を過ごそうかと考えが向いた、その時だった。

 

「ねぇ、ユウナ。この後ってなんか予定ある?」

「え?あ・・日向くん?うん・・・ない・・ケド・・?」

「ユウナさえよかったらさ、ちょっとこの後オレに付き合ってくれないかな?」

「・・・・・・・え?」

「ちょっと用事があってさ。ユウナが一緒に来てくれると助かるんだけどな」

「・・・・・・・。」

「都合、悪いかな?」

 

 

 

ぱーどん?

イマナンテオッシャイマシタカ?

ツキアッテクレ?

 

 

 

 

///ま・・ままま・・・マジですかああぁぁぁーーーーーーっっっ!!!??///(^^)

 

あまりに突然の日向の思ってもみない申し出に、悠奈は心の中で歓びの絶叫を上げた。

顔が紅潮し、心音がバクバクと高鳴る。

思わずゆるんでニヤけてしまうその頬を自ら抓って必死に押し殺す。そうでなくても日向の悠奈に向けた今の言葉を近くで聞いていた七海の射るような視線をビシビシと感じるのだ。

 

「ダメ・・かな?」

「ま・・まあねぇ〜、別に予定も無くなっちゃったし、ヒナタくんがそこまで頼むんなら、付き合ってもイイケドぉ〜?」

照れ隠しでそんな風に答える悠奈に、傍を飛ぶレイアが

「でた!またまたユウナちゃんスナオじゃないんだから〜♪」

とからかう。

 

「ホントに?さんきゅっ!助かるよ」

「ちょちょちょちょっ・・・ちょっとまったあぁ〜〜っ!!何をそんなアブナイコト、ウチ抜きで勝手に決めてんねんっ!ナナちゃんそんなん許さへんからなっ!アカンっ!反対!ユウナと2人きりとかダメっゼッタイ!」

そんな2人のやり取りに七海が黙っているハズもなく、慌てて2人の間に割って入る。

イーファとウェンディの2人がもうある程度この子の反応に慣れたのか?

「まぁまぁ」「どうどう」

と七海をなだめるが、七海はメラメラと嫉妬の炎が燃える眼でキッと悠奈を睨みつけると、急に猫撫で声で日向に抱き着いて口説き始める。

「ねぇぇ〜〜ヒナったらぁ〜。なぁんでそんな役ユウナに頼むん〜?ココに愛しのナナちゃんがちゃぁんと居てんねやないかぁ〜。ウチやったらどんなお願いもヒナのやったらオールオッケイ!やでぇ〜」

「う・・う・・うん。ソレも考えたんだケドさぁ・・・今回はユウナの方がいいかな?って・・・」

「なっなっ・・・なんやソレぇ!?ナナちゃんのドコがユウナより不足やっちゅうねん!?」

「いや・・・不足ってワケじゃさ・・・ただ今回はナナミよりユウナに協力してもらった方がトラブルが少ないかなぁ・・って」

「・・・う・・ウチよりユウナに来てもらった方がトラブルが少ないっちゅうんか?ほな・・・ウチがおったらトラブルになるって、そぉゆぅコト?」

「まぁ・・・大体そんなカンジ」

 

 

 

と、日向の返事を聞いた七海は「がぁ〜〜〜んっ」と思わず声に出して天を仰ぐと、ガックリと肩から板張りの床に突っ伏し、項垂れてへたり込んだ。その姿に思わずウェンディや窈狼が駆け寄る。

悠奈にしてみれば、ここまで日向が自分を頼ってくれていることが嬉しくて小躍りしそうになる気持ちはあるものの、自分にしかできないような日向の頼み事とは果たしてなんなのだろう?と思案を巡らせる。

(ヒナタくん、一体アタシになに頼みたいんだろ?)

 

「じゃ、ユウナ。今からでもいいかな?オレと一緒に来てくれない?」

「え!?あ、う、うん。いいよ。今日は時間もあるし」

「ありがと!助かったぁ〜、じゃ、行こっか」

「ちょっ・・ちょい待ちヒナ!まだウチ納得してな・・・」

 

なおも突っかかろうとする七海のことなどまるで目に入っていないかのように、日向と悠奈がその場から立ち去っていく。七海もその状況にそれ以上は流石に成す術がなかったようで、顔を真っ赤にして悔しそうに2人の後姿を睨みつけるしかできなかった。

 

「う・・ウチのことほったらかしにして・・・ユウナと駆け落ちやとぉ〜〜?ヒナのウラギリモノぉ〜〜〜〜っ」

「い、いやさ。ナナミ。駆け落ちってのはちょっとイミ違うんじゃあ?あ、あのさ。オレもこのあと予定無いんだケドさ・・・どう?一緒に遊びにいかな・・・」

「ヤオおぉ〜〜〜〜っっっ!!」

「いっ!?どっ・・どうし・・」

「ウチに付き合えっ!」

「はっ・・はいっ!・・・って、え?え!?ええぇ〜〜〜〜っっ!?う、ウソ!?マジ!?オレが?オレでいいの!?」

「後つけんでぇ!ナナちゃんのいてへんトコで2人でイチャイチャなんかぜったいぜったい、ずぅえぇぇ〜〜〜ったい許さへんからなあっ!!」

「・・・あ。そゆコト?」

「?なんやイヤなんかいな?来ぃひんの?」

「え?あ!い、行く!行く行く行くってばっ!」

「よっしゃあ!ついて来いィ!」

 

と、鬼気迫る雰囲気で日向と悠奈の後を追いかけ始めた七海とそれに巻き込まれた感じの窈狼。まだ年幼い子ども達のそんなマセたやり取りを遠巻きに見ながら、大人たちは微笑ましく失笑していた。






 

「まだ年端もいかない小さなコだってのに、いっぱしの女みたいな口叩くもんだな」

「勇さん、それ言ったら七海ちゃん怒るぜ絶対」

「モテるわねぇ〜、ヒナちゃんたら」

「顔だけならヤオランもホント負けないくらいの美少年なんだがな。どうやらナナちゃんの目にゃ入ってねえみたいだし、大変だなありゃ。ええ?京よ」

「まぁ言っても俺様の血を引いてっからな。何かしら女の子を惹きつけちまうカリスマがあるんだろうよ。しかし、ヒナのヤツ、ユウナちゃん連れてドコ行きやがったんだ?そーいや今日ってなんか予定あったか?」

 

と、周囲の紅丸やヴァネッサたちと今繰り広げられていたことの顛末をアレコレ話のタネにしていた京だが、おもむろにスマホを取り出し、操作したかと思えば次の瞬間、

「ああああぁぁぁーーーーーーっっっ!」

と大声を上げた。

先ほどの競馬のレース結果が出た時に続いて本日2度目の絶叫である。

 

周囲が一瞬ギョッとなり、なんなんだ?と呆れ交じりの怪訝な顔を見せながらも、矢吹真吾がおずおずと尋ねる。

 

「ど、どーしたんスか?草薙さん?」

「・・・・わ・・・忘れてたぜ。そーだよ、今日朝から仕事頼まれてたんじゃねえか!こうしちゃいらんねえっ!今となっちゃこんなバイトも大事な収入源なんだ!」

 

と、真吾に答えるのもそこそこに近藤勇蔵の道場の庭に停めてある愛車のバイクに跨ると、ヴォヴォンッ!と唸りを上げてアクセルをふかし、その場から京は一目散に走り去って行った。

 

 

 

「・・なんなんだ?アイツはいきなり?」

「知らねえよ。ま、ヤローのこった、大方くだらねえ用事でも思い出したんじゃねえか?」

「割と深刻に映ったんだがな」

「いや、草薙さんのコトっスからねえ。くだらないコトでもさも大事件が起こったみたいな反応するの得意ですから・・・」

「京くん・・・もうあの子ったら・・・」

 

去って行った京に口々に感想を呟く近藤勇蔵やヴァネッサをはじめとする面々に、少し離れた場所で仔細を見守っていたパーシーがポツリと独り言。

 

 

「はぁぁ〜〜・・・なんとも。コチラの世界もなかなかに興味深いですねぇ〜。こりゃ面白い展開になってきちゃったかも知れませんよ。ぐっはっはっは」

 

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「あーーーもーーーっっ!ムカつくっ!」

「・・・・・。」

「ムカつくっ!」

「・・・・・。」

「ムカつくムカつくムカつくムカつく ム〜〜〜カ〜〜つぅ〜〜〜くぅ〜〜〜〜っっ!」

「っさいわねぇ〜。いつもは人一倍クールぶってカッコつけてるクセにさぁ・・・昨日ユイトにジャマされたのがそんなに悔しかったワケ?」

「アイツいっつももうちょっとってトコでジャマしにくるんだからっ!意味わかんないっ!」

「何がもうちょっと・・よ。ジュエルモンスターが浄化されてコッチの負けっぽいカンジになったところで、あのユウナちゃんにファイアーボールで不意打ちかました挙句、防がれてジリ貧だったクセに。逆にあの時ユイトが止めに入んなきゃアンタ、レイ先輩にやられちゃってたわよ?」

 

 

聖星町郊外にある、ダークチルドレンズのアジトでもある古い洋館。

広いリビングルームで、ダークチルドレンズリーダーのサキとメンバーであるジュナが話している。

いや、さっきから壁に立て掛けてあるダーツに向かってめったやたらに矢を投げつけて八つ当たりしているサキを、アイドル雑誌を片手に持ったジュナが宥めていると言った方が正しい。

住民の憩いの場である児童公園で、ジュエルモンスター、ポイゾニックワスプードを召喚してセイバーチルドレンズと激しい戦いを彼女たちが繰り広げたのは、つい昨日のことである。

結局、セイバーチルドレンズのチームワークによってジュエルモンスターは浄化され、召喚モンスターも討伐されてしまい、作戦は失敗に終わったのだが、その際ヤオトメ・ユイトが自分と悠奈の間に割って入って来て退散になったことがサキには余程面白くなかったらしい。

昨日アジトに帰ってきてからずっとこんな調子である。

リラックスにと身の回りの世話を焼いてくれる召使いのコズンが持ってきたドリンクを、掴んだかと思えばグラスごといきなり彼にめがけて叩きつけたりもした。

哀れな八つ当たりの被害者となったコズン自身は、いつも通り動じた風もなく顔面をびしょ濡れにしながらも眉一つ動かさず平気で後始末をしていたが、ジュナの目から見ても目に余る行為だった。

ダークチルドレンズの現在のリーダーであるサキは普段はクールかつ、頭も切れ、独特のカリスマ性をもってして他のメンバー達を動かしてはいるが、一度こうなってスイッチが入ってしまうと、本当に年相応か?それ以下の子どもになる。

実際年齢だけで言うならば、ジュナよりサキは2つほど年下でメンバーの中でも最も歳幼いのだが。

 

(意外とコッチの方が素なのかもね、このコって・・・)

「で?どうすんの?いつまでもそんな感じで1人でキレてたってしょーがないでしょ?もう一回今から出撃してみる?」

 

目の前でハアハアと息を荒げながら悔しさを震わせるサキだが、そのジュナの言葉にはやや力無く首を振った。

 

「そうしたいケドそうもいかないのよ。今日はコッチの仕事で今から撮影がガン詰まりでね。明後日まで抜けらんない」

「アンタもコッチの世界じゃアイドルだもんね〜、今の性格知れたら確実にファンは減るだろうケドさ。よかったじゃん、芸能人にいっぱい会えるんでしょ?あ!ねえねえキング・オブ・プリンスの貴至(きし)くんに会えるコトあったらサインもらってきてよ!あたしファンなんだあv」

「あたしはそんなつもりでやってない!あくまでエミリーさまがコッチの世界を手に入れる時のための足場固めの手段なんだから!まぁ、それに藤崎さんにはなんだかんだで無理言っちゃってるから・・・今回くらいは言うこと聞いてあげないと・・・」

 

そう言ってサキは思い出したかのように出かける支度を始める。

自分勝手で理不尽とも思える八つ当たりをすることもあるが、基本的には責任感の強い子なのだ。こういったメリハリのつけ方は他のメンバー達には無い面で、忠誠心の他はその辺がリーダーとしてエミリーに抜擢されたところなのかも知れない。

サキがもし今日も出撃するというのであれば、手伝ってやろうかとも思ったが、この分ではしばらくはアジトで待機というかたちになるだろう。

今日はのんびり好きなことでもして羽根をのばそうとジュナも再び雑誌に目を落としてソファに寝そべった。

 

「ふぁ〜あ・・今日のお昼何かなぁ〜?天気いいし、ナギサやミウと外のテラスで食べよっかな?」

 

(・・・ユイトも頭にくるケド、やっぱりイチバン気に入らないのはアンタよアイザワ・ユウナ!いまに、ぜったいレイアってフェアリーも一緒にアンタの魔力を奪ってあたしに楯突いたこと後悔させてやるんだから!)

 

 

 

 

「なぁなぁ、ユイトぉ〜、今日はアイツらユウナたちのとこ行かないみたいだぜぇ〜。キッシッシ!オレも今日はのびのび遊ぼうぜぇ!」

「ん〜?」

 

洋館の屋根の上、階下で自分の事が原因でサキが大荒れしていることなどまるで気にも留めずに、猫のようにのんびりと寝転んで日向ぼっこをしていたヤオトメ・ユイトと彼のフェアリー レム。

彼等の会話を盗み聞いていたレムは、ユイトにその様子をおもしろおかしく小ばかにして報告した。

ユイトはと言えば、眠そうな目をこすって気だるそうに欠伸をすると、ぼそりと呟いた。

 

「・・・たりぃ」

「ええぇ〜〜〜?なぁなぁどっか行ってあそぼーぜ!カラオケかぁ?ゲーセンかぁ?ボウリングもいいなぁ〜。あっ!聖星ホットショッピングモールの中に新しいアイス屋ができたってよ!いこーぜいこーぜ、なあなあなあぁ〜〜〜♪」

「・・・後でな。イイトコ連れてってやるよ」

「ホントかぁ!?やっほーーー!♪」

 

虚空にそんなレムの叫びと、ちょうどサキを迎えに来たウィザーディア社の車のエンジン音が折り重なった。

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「あーーー!ユウナちゃんだあ!ユウナちゃーん♪」

「オッス、モエちゃん!元気だった?」

 

頭頂部でキレイな栗色のロングヘアを結ったリボンがトレードマークの草薙萌。

日向のちょっとやきもち焼きでやんちゃな妹の彼女が、イベントホールに姿を見せた日向と悠奈を見つけて走り寄ってくる。

悠奈に飛びついて2人でパンっとハイタッチを決める。

はじめて会った時こそ、お兄ちゃんをたぶらかす魔女だとかどうとか勝手に喚き立ててやきもちからくる敵意をバシバシぶつけてきたが、一度打ち解けてみるととっても素直で愛らしい女の子で、今では悠奈や、妹の悠華とも大の仲良しでプライベートでもよく遊んでいる。

小学1年生の割には多少マセた面が気になるといえば気になるがその辺は愛嬌だろう。

 

「って、ヒナタくん。なんでモエちゃんがいるの?ってか、ココってなんなの?」

「ん?聖星町スカイフューチャードーム」

「そ、それはわかるんだケド、なんでココに来たワケ?そう言えば入り口で入場チケットがいるはずなのに、なんかヒナタくん、係の人にスマホ見せて通してもらったよね?」

「そ、オレとユウナのチケットはココに入ってるからね♪今日さ、実はうちのおとーさんの会社が手掛けたイベントがココであってさ。学校が終わったらお手伝いすることになってたんだ」

 

言われてみればと悠奈は辺りを見回す。

ドームの大ホール入口には、{今!夢の冒険をその目で 聖星町ファンタジーゾーン}というタイトルの書かれた看板がデカデカと掲げてあって、そこを通ればそれこそ今自分たちが関わっているグローリーグラウンドの村々、町々のような様相を呈したレプリカや建物が全体に広がっている。

中世〜近世ヨーロッパのような如何にもな騎士、魔法使いなどのコスプレをできるイベントや、撮影会場。本物の馬に着飾りをさせて乗馬体験、剣や槍のレプリカを振ったりできる体験コーナーなどもある。

中世酒場を模したようなレストランや屋台なども立ち並んでおり、おいしそうな料理の匂いもただよっている。

まずまずの賑わいを見せているようで、主に若者から子どもを中心としたお客で満員に近い入りとなっていた。

「うわぁ〜、人がいっぱいだよ・・・」

「ああ、こりゃなんとなくグローリーグラウンドの街に似てんなぁレイア。」

レイアとイーファも広い会場をぐるぐると飛んで見て回ってはそう言い合う。

「スゴイね・・・盛況ってヤツじゃん。コレ、ヒナタくんのパパの会社が?」

「色んな会社とかお店が協力してくれてるって言ってた。でも、そもそもこのプロジェクトを立ち上げたのは、おとーさんが課長さんやってる部署なんだって。あ!ウワサをすれば・・・おーーーい!おとーさぁ〜〜んっ!ココ!ココだよぉ〜」

 

日向が人ごみの中に見つけた人影に大きく手を振って呼びかける。

萌もそれに続いて、「パパぁ〜〜っ!コッチコッチぃ〜〜♪」と嬉しそうに元気にぴょんぴょん飛び跳ねながら両手を振る。

すぐにそれに気づいて、同じように手を振りながら近づいてくる長身の男性。

一番に走り寄って飛びついた萌を優しく抱き上げて、どこまでも優しそうな笑顔で髪を撫でる。

こういったトコロはうちのパパにも似てるかもしれない、と悠奈は素直に思った。

 

「おじさま!こんにちは」

「やあ、悠奈ちゃん。ちょっと久しぶりかな?今日はありがとう。日向に協力してくれるって聞いたよ?」

温かさと力強さが同居したような、なんとも頼もしい声の男性。

萌と日向の父である草薙蒼司(くさなぎそうじ)だ。

長めの黒髪を前頭部へ下ろし、襟足の部分は気持ち縛って纏めている。

長身で、一見京と同じく痩躯に見えるが弱々しさなどまるで感じさせない、頑強に鍛え上げられた美しい肉体美が、スーツの上からでもわかる。

悠奈とも何度か面識があり、初めて会った時から温かい人柄と性格で、すぐに愛澤家の面々とも親しくなった人である。

萌を地面に下ろしながら、蒼司は周囲の様子を見渡すと、再び優しい笑顔で悠奈に言う。

 

「本当に今日はよく来てくれたね。さっきヒナタから連絡貰った時は驚いたよ。急で本当にゴメンね。今日は何か予定があったんじゃないのかい?」

「は〜い。予定ありました。おウチでテレビでも見てゲームして1日ダラダラする予定で〜す♪」

「そうか。それじゃ大変な邪魔しちゃったね」

こういった冗談にも気さくに対応してくれる。

本当に優しい理想のパパだな。と悠奈はあらためて思う。

「今日さ、オレはコッチのお化け屋敷で、お化けの役やるんだ。だからこれからメイクさんにメイクしてもらって中に入んなきゃいけないんだよ」

そう言って日向が指さした方向には、不気味な古城を模した建物。

「ゾンビキャッスル」

と掲げられた看板のアトラクションがある。

まだ開園前らしく、「準備中」の札が入り口にある。

「ひ、ヒナタくんがゾンビやるの!?」

「うん。剣持ったナイトのゾンビ役だってさ。おとーさんの家族だから何か1つアトラクション手伝ってみないか?って言われてさ。面白そうだったから。でもさ、モエがこーゆーの大の苦手でさ。中に一緒に入れないんだよ」

と、萌に目をやる。

中にも入っていないというのにお化け屋敷の建物を見ただけで、既に涙目になって顔を背け、悠奈の陰に隠れている。

「おとーさんも、この後仕事で色んなトコ見て回ってアレコレ指示しなきゃなんないらしいし、モエのコトどうしようかな?と思って、それでさ・・」

ああ、な〜るほど。

悠奈は思った。

要するに日向がイベントに協力する間、萌の面倒を見ていればいいのだ。つまりは子守り役で呼ばれたのだ。

 

「モエちゃんお化け屋敷キライ?」

「キライ・・・大っっっキライ!コワいもん。夜寝れなくなっちゃう。ヤダもん・・・」

(まあ、そうだよね・・・あたしだってイヤだもん。お化け屋敷とか遊園地来てわざわざ行く人とかホント意味わかんないもん)

「わかる。あたしもキライだもん。じゃあさ、一緒に待ってようか?」

悠奈が一緒にいてくれると知って萌の顔がぱあっと明るくなる。うん!と元気よく答えてまた悠奈に抱き着く。

 

「ホント、ゴメンねユウナ。実はナナミに頼もうかと思ったんだケドさ、ナナミもモエと仲良しでたくさん遊んでくれたりするんだ。でも、ナナミってほら、あんな性格だろ?ちょっとしたことでモエと一緒になって周り見えなくなっちゃったり、どーでもいいことですぐにケンカしちゃうもんだから、だったらユウナの方が・・って」

悠奈は七海の性格を考えて「あ〜・・・」と呟いた。途端に萌と一緒のレベルでぎゃんぎゃんケンカしてる様が容易に想像ついた。

「オッケーヒナタくん!大丈夫だよ。モエちゃんのコトはまかせといて」

「本当に助かるよ悠奈ちゃん。コレ、このイベントのフリーパス。これさえあれば、この館内、ドコを見ても何を食べても全部無料だから」

「ホント?わぁ、ラッキー♪ありがとおじさま!」

「いやいや、お礼を言うのはコッチだよ。悠奈ちゃん、モエのコトよろしくね。おっと、こうしちゃいられない。次のイベントの打ち合わせと会場を見て回らないと・・・じゃ、日向も頼んだよ?よろしくな」

「うん、おとーさん。お仕事がんばってね〜!」

 

そう言い残して、蒼司は再び人ごみの中に消えていった。

 

「さてと、オレ、そろそろメイクさんのトコロに行かないと・・・ユウナ。じゃ、モエのコト頼めるかな?」

「うん!りょーかい!」

「まかせてヒナタくん!あたしもモエちゃんのメンドウばっちり見るよ〜」

「おいおい大丈夫かぁ?なんかレイアは気合入れると逆にシンパイなんだよなぁ〜」

「なぁによイーファ!どーゆーイミ?」

 

「モエ、にーちゃんこれからおとーさんに頼まれたお仕事しなきゃなんないから。ユウナお姉ちゃんの言うことちゃんと聞いてイイコにしてるんだぞ?」

「うん、わかったよ。フレ!フレ!おにいちゃんもがんばれっ♪」

 

悠奈の答えと萌の元気の良い返事を確認すると、日向は笑ってお化け屋敷の隣に設けられたスタッフルームへと消えていった。

 

「じゃあモエちゃん!一緒にいろいろ見て回っちゃおうか」

「うん!あ、ねえねえユウナちゃん、しつも〜ん」

「?どしたの?」

「さっきからユウナちゃんの隣にいるその小さい女の子だぁれ?さっき赤い髪した小さい男の子もおにーちゃんと一緒に行っちゃったケド?おともだち?ペット?」

 

無邪気な萌の問いかけがなされた瞬間、悠奈をとりまく空気が一瞬でフリーズした。

 

 

 

 

 

「入れない〜〜〜っ!?なんでぇーっ!?」

「い、いやだからね。何度も言ってるけどこの中では今日イベントがやってて、見えるでしょ?ほら、『今!夢の冒険をその目で 聖星町ファンタジーゾーン』って、コレ、チケットちゃんといるんだよ。前売り券か。それでなかったらソコでほら、チケット買えるから。大人1600円、子ども600円、ね?」

「いたいけな子どもから600円も取るんかこのオニ!アクマ!人でなしっ!」

「い・・いや、フツーそうだってナナミ・・・」

 

一方、会場の外、エントランスの方では悲痛な少女の悲鳴が響き渡っていた。

周囲の人々はその声に一体何が起こったんだと振り返る。

視線を感じて煌窈狼が振り返った人たちに「あ、ゴメンナサイ・・」と代わりに謝る。

悲鳴の主、香坂七海は先ほどから入場係員のお兄さんと押し問答を繰り返している。

有料のイベントなのだから入場料がいるのは当たり前なのだが、七海はずっと「愛する恋人の危機だ」「特別に自分だけでも中に入れろ」と理不尽な要求を続けて頑としてゆずらない。

係員も七海の要求に困り果てているようで、ついに23人の助っ人が招集されてしまった。

傍で巻き込まれている窈狼などもっと悲痛である。

彼の頭をヨシヨシと撫でているウェンディとユエの、「ヤオランくんいっつもホントにゴメンね。ナナちゃんのせいで・・・」「エライぞヤオラン。オイラオマエのそういうトコ本当に好きだからな」という言葉に慰められたらしく、苦笑いしながらも

「ありがとう。ウェンディ、ユエ」

律儀に返すその姿がさらに健気さを醸し出す。

 

「お嬢ちゃんねぇ、他のお客さんの迷惑にもなるし・・・」

「うぅ〜・・・どぉ〜〜しても中に入れへんつもりかぁ〜、あんなにいっぱいの人中入ってるやんか!にーちゃんたち!アンタらそない人情ないんかあっ!ウチの愛するヒナが大ピンチやねんで!?悪女にたぶらかされて闇に落ちるかっちゅう瀬戸際やねんで!?」

「いや、だから中には入れますよ?ちゃんとチケット買ってくれたら。中に入ってるお客さんはちゃんとお金払ってチケット買ってるワケで、お嬢ちゃんたちも・・・」

「ウチお金もってへんもんっ!」

「うん。今日おサイフ持ってきてないもんね」

「じゃあ無理だね。どうしても来たければ、パパやママと来るか、お小遣いもらっておいで。まだまだイベントは1ヵ月間やる予定だから、いつでも来れるよ?」

「だぁ〜〜かぁ〜〜らぁ〜〜っ!それやったら間に合わへんって言ってるやんかあー!」

「って言われてもねぇ・・・」

「うぅ〜〜〜っっ・・ジンシュサベツの復活や。コクレンに訴えたる・・・」

 

 

まったくもって意味不明である。

結局どうしようもなく、会場の外へ出て七海は入り口付近のベンチでガックリと肩を落としていた。

 

「あ〜あ・・・せっかくヒナママにヒナが今日ココでヒナパパのお手伝いしてる言うて電話で聞いたんに・・」

「仕方ないって。お小遣い持ってこなかったオレたちが悪いんだし。そんなに遠くもないしさ。今から帰ってママにお小遣い貰って来てみようよ」

「だぁ〜かぁ〜らぁ〜!それじゃ間に合えへんって言うてるやんかこのボケぇ〜っ!大体なんでアンタかてお小遣い持って来てへんねんヤオぉ!仮にもウチのエスコート務めんねやったらサイフくらいもってくるやんか!美少女ナナちゃんにオゴリの1つもせんつもりかこんの役立たずがぁ〜!」

「そっ・・・そんなムチャクチャなっ!大体今すぐついて来いって言ったのはナナミじゃんかぁ〜・・・」

 

と、窈狼の襟首を掴んでガクンガクンと揺らしながら、そんなコトを言ってのける七海。

理不尽極まりないまさに屁理屈である。

一体彼女の中で窈狼の立ち位置とは何なのか?

流石に振り回されすぎの窈狼が哀れで、とうとうウェンディが窘める。

「ナナちゃん。もぉ、いい加減になさい。ヤオランくんが可哀想でしょ?聞き分けのないこと言っちゃダメよ」

「みんな困ってたし、セイバーチルドレンが人の困るコトしちゃダメだろ?」

と、小さいフェアリー2人からまでお小言を貰い、膨れっ面の七海は不満げに虚空を見つめる。

 

「ああ、こんなコトしてる間にも、ユウナとヒナが・・あんなコトになって、こんなコトになって・・・ムッキー!ウッキー!ワッキャー!」

 

1人妄想しては奇声を発して暴れる七海。その姿はさながらサルである。

しょうがないなぁ。と惚れた女の子のあまりの醜態に思わず溜息な窈狼。しかしそんな2人に声がかけられる。

 

 

「あら?ヤオじゃないの。それにナナちゃんも」

「「・・!」」

 

2人の間の前に立っていたその人物を見て・・

 

「ママ・・・」

「ヤオママ・・・」

 

と声を上げた。

驚く2人にサングラスを外しながら「何してるの?こんな所で」と言葉を返すその人こそ、窈狼の母、煌里佳(ファン・りか)こと、観月里佳だった。

大き目のサングラスは一応の変装なのだろうか?アジアトップレベルの人気女優として名高い彼女は、ライトグリーンのカーディガンにライトイエローのブラウス。

下はゆったりしたスカートと今日はカジュアルないで立ちだった。

 

「いや・・ちょっとナナミとココに用があってさ。ママこそなんでこんなトコにいるの?」

「なぁにヤオ?今朝ママのお話聞いてなかった?今日のママのお仕事このイベントにゲストで呼ばれてるのよ?ファンタジーファッションショーの審査員に選ばれちゃってさ」

「ええ?イベントって・・・ココのイベントだったんだ。今この中にユウナとヒナタが・・・」

 

窈狼が里佳ママに続けて何か話そうとしたその言葉を遮って

「きゅーせーしゅがおったあぁーーーーっっ!」

と大声で七海が里佳に飛びついた。

 

「きゃっ!?なっ・・・何!?どうしたのナナちゃん?いきなりっ」

「ヤオママ!おねがいがあんねんっ!」

「・・・はい?」

 

 

 

 

 

「ハイハ〜イ!それじゃ撮りますからねぇ〜、ハイ笑って〜・・チーズ!」

 

パシャッとシャッター音が響き、悠奈と萌の写真がスクリーン上に映される。

 

「きゃ〜〜wチョーカワイイ!モエちゃんゲキカワ!♪」

「ユウナちゃんのかいぞくさんメチャメチャカッコイイ♪モエもかいぞくさんにすればよかったかなぁ〜?

 

出来上がった写真に歓声を上げる2人。

悠奈は大きなパイレーツハットに湾曲したシミターソードを持ち、Tシャツ、ジャケット、キュロットスカートの愛らしい女海賊に、萌はマントにマフラー、可愛いピンクのフリルをあしらったミニスカートの可愛い魔女っ娘にコスプレを決めて撮影を終えたところだ。

ココのイベントスペースでは、誰もが思い思いのファンタジーコスプレをして写真を撮ることができる。できた写真は即座にスクリーンに映され、気に入ればお店のタブレット端末を通して即座に客のスマホやタブレットに転送されるサービスだ。

人気のイベントで1人500円かかるのだが、日向の父、蒼司のくれたフリーパスでただで楽しみたい放題である。

 

「どーだい?なかなかイイだろ?このサービス」

 

「うん!楽しい!京おにーさんありがとう!」

「でもビックリしたよ〜モエ。写真屋さんが京にーちゃんなんだもん。今こんなお仕事してんの?」

「なぁに、今日だけだ。バイトだバイト。蒼司さんに誘われてよ・・・即金でバイト代くれるっつうから。いや〜、実際渡りに船だったぜ。助かったよホント・・・マジでさっきまでスッカラカンだったからなー」

 

と、2人を撮影したお兄さん、草薙京が大きく息をついてそんな事を言う。

なんとコチラのイベントブースの撮影スタッフは京だったのだ。

会場を楽しそうに見て回っていた悠奈と萌に声をかけ、このブースまで招いたのだ。

人気イベントらしく、誘われて体験した悠奈と萌も大満足である。

 

「でも大変だね京にーちゃん。色んなおしごといっぱいやっててさ、ママが言ってたよ?いろんなおしごとたくさんしてて、京にーちゃんはエライって」

「いや〜そうか?テレちまうなぁ〜ハハハ・・・まぁ、エライっつーか、そーしねーと正直ヤバイっつーか・・・」

「お馬さんハズレちゃったもんねぇ、おにーさん」

 

と、ボソリと呟いた悠奈に京が思い切り顔を近づけ、拝むような仕草でシーっ!とジェスチャー。

 

「た・・頼むぜユウナちゃん。後生でございますからなにとぞあのコトはご内密に・・・」

「わかってる。もぉ、しょーがないなぁ・・・」

 

呆れて苦笑いの悠奈。

大して長い付き合いではないが、だんだんと京というキャラクターがわかってきたような気がする。

 

「すっごいお祭りだね京おにーさん!あたしもこんなの初めて見た!」

「おーう、レイアちゃん。オメーもゆっくり楽しんできな。ま、オメーらの世界によく似たモノもあるんじゃねーかと思うがよ」

「そうそう!レイアちゃん、つぎはあのお店のワッフル食べよ!モエおなかすいちゃった。レイアちゃんの分も買ってあげるからね〜」

「きゃーwありがとモエちゃん!」

 

「・・・ん!?ちょっ・・ちょっと待てモエ!」

「ほえ?」

「お・・・お前、レイアちゃんのコト見えてんのか?」

「うん、見えてるよ。京にーちゃんにも見えてるでしょ?」

「い、いやまあ、そりゃ・・・えっと・・なんでまた?」

 

あまりにもレイアと萌がフツーに会話していて気付くのが遅れたが、京は普通の人間には見えないはずのグローリーグラウンドのフェアリーが萌に見えていることに驚いた。

京に説明するように悠奈とレイアが口を開く。

 

「そう、あたしもびっくりしたんだぁ。モエちゃん、最初からレイアとかイーファが見えてたんだよね。レイアの話だと中にはそういう人間も、とくに子どもとかにいるみたい」

「うん、生まれつきある程度の魔力を持って生まれる子はこのライドランドにもいるってあたしも聞いてるの。ライドランドの人たちにも微量の魔力はもともとはそなわってるみたいなんだけど、フェアリーの存在を意識できるほど強いのは稀だって、モエちゃんはそうみたい」

「へぇ〜・・・おっどろいたなぁ・・・あ、でもよ。モエにはあのテの話は・・・」

「うん!わかってる。この町からちょっと遠い森に住んでて、フツーの人には見えないコト、見える人とだけ友達になれること、見えない人にはヒミツなんだよって言ったらモエちゃんあっさり信じてすぐにオッケーしてくれたよ」

 

悠奈の説明に京はなるほどと感じた。

こういう話はいろいろ難しく考える大人より、萌くらいの幼い子どもの方が純粋で信じやすい。萌の子ども特有のまだ夢見がちな性格が幸いして事件にならずに済んでいる。

見ればもう仲良さそうに、ワッフルを売っている出店の方へと向かっているではないか。

 

「子どもってなスゲーな。対応力高くて・・・」

「おーい、草薙くーん。次のお客さんお願いできる〜?」

「おおっとそうだった。仕事仕事・・ハーイ、今行きますよ〜・・じゃな、ユウナちゃん。モエのコト頼んだぜ」

「うん!オッケー!おにーさんもバイトがんばってね〜v」

 

そう言って京は撮影ブースへと消えていく。

悠奈は萌が向かったワッフル店の方へと歩き出した。

見れば聖星町で女子を中心に人気のワッフル屋、プリティ・スターではないか。

おそらくこの店も蒼司が務める会社の企画に参入し、出店したのだろう。ファンタジー色濃く、樽やランプの装いが中世ヨーロッパの様相を呈し、さながらRPGゲームにも出てきそうな可愛らしい外観が受けているのだろう。中々な行列だった。

アイスクリームと生クリームそれに悠奈は桃、萌はイチゴをトッピングしたワッフルを手に、ホールの一角にある休憩スペースに腰かけた。

 

「あーー!楽しい!パパの会社スゴ〜イ。こんな楽しいトコつくっちゃうなんて、レイアちゃんともお友達になれたし、ハイ、レイアちゃんワッフルど〜ぞ!」

「さんきゅーモエちゃん♪ん〜wお〜いしぃ〜!しゃーわせ♪」

悠奈は萌とレイアのやりとりを見てある意味感嘆していた。

自分はレイアと初めて出会った時、萌のようにすんなり彼女のコトを受け入れることができただろうか?

見たこともない存在、聞いたこともない世界。

信じられなかった現実。

それら目の前で起こっている出来事から、1度は背を向けてしまいそうになったことは事実。

ともすれば、今の萌の態度は悠奈にはある種偉大に映った。

(すごいコだなあ、モエちゃんて。それにヒナタくんに似て、やっぱり優しい)

 

「ね、モエちゃん。今からヒナタくんが手伝ってるアトラクション行ってみよか?」

「え?おにーちゃんのトコロ?」

「うん。2人でコッソリ覗きに行って、逆にお兄ちゃんびっくりさせちゃお!」

「うぅ〜〜・・・モエもおにーちゃんに会いたい。会いたい・・ケド・・・」

モエが沈んだ顔で考え込む。

ヒナタが今手伝っているのは萌が大の苦手のお化け屋敷。

しかも、気持ち悪いゾンビの中の一役。

会いたい気持ちとお化け屋敷が怖い気持ちが交錯している。

とはいえ、悠奈だってお化け屋敷は大の苦手、実は萌やヴァネッサ先生に負けないくらいお化けがキライなのだ。しかし、弱気に傾きそうになる心を振い立てて悠奈は言った。

 

「だ、大丈夫だよ。今日はホラ・・・ユウナおねーちゃんもいるしさ。ずっとモエちゃんの手、繋いでてあげるから」

「ホント?」

「うん!大丈夫!指切りしよ」

 

と差し出された悠奈お姉ちゃんの小指、その小指が今までにないくらい頼もしく見えて、萌も自分の小指をあてがった。

 

 

 

 

 

「ふっふっふ〜・・・ナナちゃんの予感大当たりぃ〜♪いやー、あん時あきらめんでよかったなぁ〜」

「・・・・・」

「ナニしおらしぃ〜く考え込んでんヤオ?せっかくタダでこの中入れてんで?儲けモンやったやん」

「い・・・いや、そうかも・・なんだケドさ。コレって、その・・いいのかなぁ?」

「何言うてんねん?お金もかからんで、しかもこのフリーパスまでもらえて・・うっぷぷw♪いや〜流石やなアンタのママ!ヤオママエライ!持つべきもんは大女優のおっともだちぃ〜・・・なんて〜♪」

 

と、所変わってイベントホール入り口付近。

七海は紫色にピンクでデザインが施されたフリーパスを掲げながら、すっかり上機嫌で笑っていた。

隣の窈狼はというと、どことなく後ろめたそうな、そんな態度が見て取れる。

運良く(?)会場入り口の外で、ココのイベントに仕事として参加予定だった里佳ママと会った2人。

七海は里佳ママに自分たちがこの場に来た理由を、かなり都合よく、正当化するように伝え(悠奈と日向が強制的にこのイベントに連れてこられて人手不足で困っているので、自分たちが2人を助けに呼ばれてやってきたというようなウソがかなりちりばめられた説明)、その話を聞いた里佳ママがそれならば・・と、この日のために貰っておいた会場内のフリーパスを差し出して、なんと自分の身内ということで特別にチケットも無しに一緒に入場させてくれたのだ。

これで館内はどこでも行きたい放題。遊びたい放題の食べ放題飲み放題。日向と悠奈を探すことも何不自由なくできるというワケだ。

 

「なんかオレたちだけズルイ気がすんだよなぁ〜・・・」

「気にしたってはじまらへんやろ?ラッキーや思わな♪よぉーし、まっとれよヒナぁ〜、愛しのナナちゃんが助けに行ったるからなぁ〜!」

「助けにって、別にユウナにヒナタが無理やり連れ去られたワケでもなんでもなくてどっちかって言やヒナタがユウナを・・・」

「ほらほらゴチャゴチャ言わんの♪行っくでぇ〜w」

 

 

 

 

 

「あ゛ぁー・・・ぎぃぃ〜・・」

 

「きゃあああぁぁーーーーっっ!ヤダヤダっ!来ないでよォーーっ!」

「ぴぃええぇ〜〜〜っっコワいぃーーっあっちいけえぇ〜〜きゃあぁ〜〜っ!」

 

真っ暗に所々薄暗い照明が辛うじて足元を照らす、廃城を模したお化け屋敷内、開始1分も経たぬ最初の部屋で、もうこのような絶叫の折り重なり。ゾンビに扮した脅かし役のスタッフはさぞご満悦だったろう。

今日のお客でイチバンのリアクションだ。

2人いるから、とヒナタが父の手伝いでゾンビ役をしているお化け屋敷に入って、逆にヒナタを驚かせてやろうと安易に考えたのがそもそもの間違いだったかもしれない。

悠奈も萌も大のビビりでお化けなんか大嫌いなのに、こんなトコに来るんじゃなかった!と自分の考えの甘さを痛感していた。

メイクをされたゾンビさんはとっても本格的で、子どもにはスゴイ迫力だ。

何とか最初の部屋を脱出したはいいが、次の部屋に行く通路で悠奈と萌は抱き合ってへたり込む。もう早くも彼女たちは恐怖でベソをかいていた。

 

「もう!ユウナちゃんしっかり。モエちゃんを元気づけてお化け屋敷に行こうって言ったのはユウナちゃんでしょ?」

「グスッグスッ・・な・・・なによぉ〜・・コワイじゃん!アレぜったい役じゃないよォ!あ・・ひっく・・あたしたちのコト食べよォとして襲ってきたじゃん!」

「ふえぇぇ〜・・・モエ・・もォおうちにかえりたいぃ〜・・パパぁ〜‥ママぁ〜・・おに〜ちゃぁ〜ん・・」

「あ〜あ、だからヤメとけばよかったのにぃ〜、もぉしょうがないなぁ・・」

「やっ・・やっぱり来るんじゃなかったかも・・えぐっ・・」

しかし、後悔してももう後の祭りである。

戻ろうにもそうするには、今ゾンビさんがいたとっても怖い部屋をもう一度通らなければならないし、そもそもお化け屋敷は順路が決まっている。勝手に戻ったりしたら他のお客さんの迷惑にもなる。

悠奈は意を決して、涙を拭うと鼻をすすり、萌の手を握って笑顔で言った。

「だ、だいじょうぶっ!モエちゃんがんばろっ!きっとどこかにヒナタくんがいるから」

「そうそう!それにどーせホンモノじゃないんだから、よく見てみれば結構面白いし、楽しんじゃおうよ!」

「ふっ・・ふぇっ?・・ユウナちゃん・・?レイアちゃんも・・・う、うん。モエ、がんばるぅ・・・」

「うん!2人でがんばろう!だいじょうぶ、絶対モエちゃんのコト見捨てたりしないから!」

と感動的なセリフで励ましているが、ココはお化け屋敷である。

かつて子どもとは言え、こんなイベントホールの、ぶっちゃけ簡素につくられたアトラクションに鬼気迫る決意で足を踏み入れた客がいただろうか?

一般的価値観から見ればまぁくだらないのだが、当の本人たちは必至である。

その後も、1部屋1部屋、いや、1歩1歩足を進めるたびに悠奈と萌は絶叫を上げて泣きわめき、それをレイアが冷や汗まじりに静観するという構図が成り立った。

あまりにも悠奈と萌のリアクションが凄すぎるので、前後を行く他のお客さんは随分うるさい客がいるなとそちらの方がアトラクションより気になり、ついには脅かし役のゾンビまで気を遣いはじめて悠奈と萌にはあまり近づかなくなった。

お化け屋敷の存在意義が問われる。

 

「がおーっ!」

 

「「ぎゃあぁぁ〜〜〜〜〜っっ!」」

 

「ん?って、あれ?ゆ、ユウナ!?モエ?」

 

「きゃーきゃーっバカバカ来るなぁ〜っ来ないでったらぁ〜〜っ!」

「ふえぇ〜〜っヤダぁ〜あっちいけぇ〜っえいえいっ!」

「いてっいてっ!イテテテ!?こっこらモエ!殴るなってっ!お、オレだって2人とも、オレオレ!」

 

がおーっと襲ってきたゾンビ役、そのゾンビが何やら話しかけて近づいてくる。

今までにない接近に悠奈も萌も半狂乱。萌は近づいてきたゾンビを思わずポカポカと殴りつけるが、ふと2人の名前を呼んでいることがわかる。

メイクで分かりにくかったがよく見ると・・・

 

「あ・・・ヒナタ・・くん?」

「お・・おにーちゃん?」

 

日向だった。ゾンビ役のメイクをしてはいるが、よくよく見れば血のりに青白い顔いろ、両目の淵に濃いめのアイシャドウがかかっているだけで、ソコまで派手なメイクではない。

後は日本の侍風のちょっとボロボロに砕けた着物のコスチュームに、刀のレプリカを持っているだけだ。

 

 

「うえぇぇ〜〜ん・・おにいちゃぁ〜ん」

「ああぁ〜〜んっ・・よかったぁ〜、コワかったよぉ〜・・」

「なんだよ結局来ちゃったのかぁ?そう言えばさっきからイヤにうるさいお客さんがいるなぁと思ってて、でもどっかで聞いた声だったんだよな。ユウナたちだったのか」

 

と、泣きすがってくる2人の頭をヨシヨシと撫でてやりながら話を聞いてやる優しい日向くん。横のレイアにも「レイアも大変だったね」と気遣いを忘れない。

日向の傍らのイーファも「やーれやれ、臆病なクセにしょーがないヤツラだぜ」と笑っている。

 

「だっておにーちゃんに会いたかったんだもん!ねぇユウナちゃん」

「え!?い、いやっ・・あ、あたしは別に・・・も、モエちゃんが会いたいって言うからっ」

「そっかー。わざわざモエのわがままにつき合ってくれたんだ。ありがとな、ユウナ!」

「え〜?なにそれ!?おにーちゃんはモエやユウナちゃんに会いたくなかったの?」

「今会わなくたっていいじゃんか。別に後からだって会えるんだしさ。ね?ユウナ」

 

そんなさもあっけらかんとした日向の答えに、わかってはながらも悠奈は少しだけ胸がチクリとした。

(・・・そうだよね。ヒナタくんは、まだあたしのコト・・・)

 

 

「あ〜あ、つめてーのな。かぁわいそーに。オレなんか、いつだってユウナに会いたいケドなー♪」

 

 

後ろから突然何かに抱き着かれた。悠奈は気づいた。

漂うシャンプーのイイ香り。ただ、女性もののソレでないことは女の子である自分にはすぐにわかった。

スッとハッカの様な匂いの香る、男性用のシャンプー。そして、男子に、とくにティーンエイジャーに今人気のアロマ香水の香り、この独特の匂いに悠奈は覚えがあった。

いや、雰囲気、そして声。すべて覚えがある。

しかし、そんなコトを冷静に分析できたのはしばらくたってからのコトで、抱き着かれた直後には・・・

「きいぃやあぁぁぁ―――――ッッッ!!!」

本日何度目かになる中でもイチバンの金切り声に近い絶叫を響かせた。

 

「おっ、お前!?」

「ゆっユウナちゃん!?」

「ユウナ、大丈夫か!?」

「!・・・だ、誰!?このおにーちゃん」

 

「よォ〜ヒナタ。最近よく会うな。まぁ、オメーとは別に会えなくてもイイんだケドよ。なぁ?ユウナ〜♪今日も会えて嬉しいぜ〜v」

/////バっッッ!!?・・・〜〜ッッキャあうぉッッ・・〜〜アンッッ・・・ヴァガァーーヴォケッッはなっっ・・・れっきゃああぁ〜〜〜〜っ!!!/////」(あまりの衝撃に解読不能。)

「なんだよ?後ろからいきなり抱きしめたのがそんな嬉しいかよ?え?可愛いなユウナ♪」

「〜〜〜どぁあれが、ンなコト思うかあぁ!!はぁぁなぁぁせえぇ〜〜〜ッッ!!このチカン!スケベ!えっちヘンタイヘンシツキモヤローーーっっ!この世から消えてなくなっちゃえっヴぅワぁカあぁぁーー〜〜ッツ!!」

「ゆ、ユウナちゃんっ!おちついてっ!」

半狂乱になっている悠奈をまだ後ろからハグしながら、ニヤついている少年。

ヤオトメ・ユイト

またしても彼の登場だ。

いつもながら神出鬼没が過ぎる。しかも毎回悠奈が特に被害にあっている。

彼のフェアリーであるレムも状況を楽しんでいるようで、

「なぁなぁ、ユイトぉ♪コイツアレじゃね?リアクション芸100点満点ってヤツじゃね?こないだテレビで観てた芸人よりよっぽどおもしれえリアクションすんぜ?ニシシw」

とご満悦だ。

ようやく自分を解放したユイトに向かって悠奈は怒りのまま、滅多やたらとぐるぐるパンチや蹴りをお見舞いしようとするが、すべて躱され、レイアが止めに入る。

涙目で顔を真っ赤にしながら、ハァ〜・・・ハァ〜・・・と、大きく肩で息をする悠奈。

ギロリと恨みがましい眼でユイトを睨みつける。

ユイトはニヤつきながらまるで悠奈を小バカにしたようなウインクをすると、今度は後ろの人物へと視線を移す。

「?・・・・!・・ひ、ヒナタ・・くん?」

その先には、今まで見たこともないくらい怖い顔の日向がいた。

ゾンビメイクのせいではない(ソレも何割か要素に入っているが)。ただ雰囲気が、彼の纏うオーラがいつものあの優しくて人懐っこい日向と明らかに違うのだ。

「お前・・・いつも一体なんなんだよ?ユウナに対してヒドイコトばっかり、可哀想だとおもわないのかよ?」

「オイオイ。なんだってオマエがキレてんだよ?オレがユウナに何しよーがオメーにゃカンケーねえハズだろ?ん?」

「関係なくない!ユウナは・・・オレの、大切な・・・ともだちだ!だから・・っ」

「あーウゼエ。女々しいヤツ。最近多いんだよな、オマエみたいなガキ。友達だからなんだよ?あ?お前の友達だったらオレが相手しちゃマズイのか?独占欲かよ?気持ち悪ぃ・・・あー、わかった。オメーひょっとして、マジか?」

 

と、ふと一歩踏み込んで日向を見下ろす。

遥かに背丈の劣る日向に笑いながら嫌味、皮肉、そして抑圧などの色んな感情が込められたような一言を投げつけた。








 

 

 

「オメー、惚れてんのか?ユウナに」

 

 

 

時間が止まった。

悠奈だけではない。その場の空気がまるで本当に時が止まったかのように凍り付いたのだ。

悠奈はパンクしそうな頭で考えた。胸は早鐘のようにドキンドキンと脈打っている。

 

(惚れている・・・なに?スキってコト?ダレ・・・が?まさか・・・?)

 

「ひ・・・ヒナタ・・くん?」

「・・・・・まれ・・・」

 

悠奈が日向の方を振り向いた時、小さく声が漏れた。

 

「はぁ?なんか言ったか?」

「謝れ」

 

 

「ユウナに謝れぇっ!!」

 

 

ダンッ!

と床を蹴る音がしたかと思った刹那。ユイトの背後にあった暗幕が日向の振った刀のレプリカで暗幕が裂けた。外からの光がお化け屋敷の一角に入り込み、古城の内装を照らした。

日向の部屋のその暗幕のある一角だけが、不測の事態に備えて外からスタッフが素早く出入りできるよう、壁が取っ払ってあったのだ。

タイミングよく部屋に入って来た他のお客が、驚いて尻餅をついた。

驚く客を尻目にユイトがホールに飛び出した。それを追っていく日向。

 

「ヒナタくんっ!」

「ヒナタくんダメっ!」

「おい!ヒナタぁっ!」

「おにーちゃんっ!」

 

悠奈とレイア、イーファや萌も続いて外へと飛び出す。

その先に、周囲の人たちを巻き込んで驚かせながら、ユイトに向かって刀を振り回すヒナタの姿があった。ユイトはそれを悉(ことごと)く躱す。

レプリカの刀、所謂竹光とはいえ、切っ先は鋭い。日向のパワーとスピードで当たれば傷害に発展することも十分考えられる。

しかし、当の日向は、そんなコトまるで見えていないようにユイトに向かって刀を振り回す。

周りの客がいきなり何事か!?危ないっ!と騒ぎだしてユイトと日向を中心に人混みが割れる。

 

「ちィッ!」

 

例のコスプレイベントブースの近くまで来たところで、今まで回避に徹していたユイトが、日向の攻撃の振り終わり狙ってその腕を掴むと、引き寄せて自分の腕を胸の辺りに絡め、突き飛ばして体制を崩しながら、ローキックで日向を転倒させた。

「うっ!」

その隙にブースに置いてあったレプリカの騎士剣(ナイトソード)を手にする。

素早く受け身をとって、再度飛び掛かって来た日向の剣戟を今度はその刃部分で受ける。

 

「お!?なんだ?異世界殺陣(たて)ショーか!?」

「ゾンビのサムライ少年と、もう1人黒髪の少年が闘ってるぞ!」「いいぞ〜やれやれ〜!」「キャー!カッコイイー♪」

 

「ヒナタくん!」

「おにーちゃぁんっ!」

「おい!ヒナタぁ!」

 

いつの間にか2人の争いがイベントショーの1つだと誤解されたのは怪我の功名とも言えるが、2人の闘いはますます激しさを増していく。

ユイトと日向を取り巻いていた客たちも歓声を上げていつの間にかギャラリーに成り代わっており、悠奈たちもその光景を観ているしかできなかった。

ただ、闘いの行方とは別に、悠奈の中にはある心配事が浮上してきたのだった。

 

 

(・・・アレが・・・ヒナタくん?)

 

 

 

 

 

「?なぁ、ナナミ?なんかあっちのほうが盛り上がってない?」

「ホンマ?行ってみよか?ヒナとユウナも探さなアカンケド、ほおぉ〜。中々イケるやん。このクラーケン焼きって。ああ、なんやたこ焼きかぁ〜」

「まぁ、クラーケンってグローリーグラウンドにもいるケドね。もっと大きなタコのモンスターよ。こんなにちっちゃくないわ。でもおいし♪」

「ガルーダももっとデッカイ鳥だもんな。コレはせいぜい向こうで言うコッコバードの肉だろね。でもおいしーからオイラコレもスキかな」

 

一方、悠奈と日向を探しながら、ちゃっかりホール内で目一杯遊んで楽しんでいた七海と窈狼は、場内の一角から突如聞こえてきた歓声どよめきに反応した。

小腹が減ったので屋台でそれぞれ、クラーケン焼きという名のたこ焼きと、フライドガルーダという名のから揚げを、ウェンディやユエと一緒にパクつきながら、その現場へと足を進める。

どうやら何かのショーが行われているようで、余程見ごたえがあるのかギャラリーが沸いている。体の小さな2人は、何とかその小ささを生かして大人たちの間を起用にすり抜けて、前列まで来たその時だった。

 

「・・・・っっ!?あっアレ!?」

「んんっ・・くっくくくっ・・・」

 

目の前の光景を観て仰天し、七海などはたこ焼きを若干喉につまらせて四苦八苦である。

 

「ヒナタ!」

「ヒナぁ!?」

 

2人の目の前には先ほどまで七海がずっと探していた日向が、黒髪の少年相手に刀を手に激闘を演じている姿だった。ゾンビのメイクで若干わかりにくいが間違いない。

 

「ナナミ!」

「うぇえぇ〜〜、ナナちゃぁんっ」

 

するとソコに悠奈と萌が2人の姿を見て駆けつけてきた。萌などは泣きべそである。

レイアやイーファも一緒で「良かった、ナナミちゃん会えて!」「大変なんだ!ヒナタがよ・・・」

いきなり七海に抱き着いてきた悠奈。

表情から察するにただ事ではない。

「何があってん?」

「ひっ・・ヒナタくんが・・ヒナタくんが・・」

 

言われて闘っている日向を観る七海。

七海も先ほどから気にかかっていたが、やはり様子がおかしい。

鬼の形相と怒号で斬撃を放っている日向は、いつもの彼の姿とは似ても似つかぬ恐ろしい姿だった。

それによく聞けば口調も変わっている。

 

「あっぶねぇなオイ。なんだ?図星突かれたのがそんなにハラ立ったか?」

「おおぉっ!うるせえぇっ!テメーなんか、オレがブッた斬ってやる!オレに斬られて死んじまえっ!」

 

違う。違う。

悠奈も、そして七海も。

見たこともない姿の日向に、震えがきて一歩も動けなかった。

 

(こんなの・・・こんなのヒナタくんじゃない・・!)

 

「うっあっ・・・おおぉぉっ!」

 

と、日向が刀を振りかぶって気を籠める。すると日向の拳が発光し、炎が生まれた。

それを竹光の切っ先に伝わらせる。

(チッ、マジかコイツ?こんなトコロで?)

「ふうぅぅ・・・っ!」

と、ユイトも同じように体に気を蓄え、拳に籠らせると同じように紅蓮の炎を生み出し、レプリカソードの刃へ伝わらせる。

 

「うおおおおぉっ!?なんじゃありゃあっ!?」「スゲエっ!?火が出た!剣が燃えてるぞ!」「どぉなってんだありゃあ?どーゆー仕組みだぁ!?」「きゃぁ〜〜っ!スゴォ〜イ!カッコイイ!」

 

訳も分からず、派手でイカす演出だと思い込んで大盛り上がりのギャラリーたち。

しかし、悠奈たちは日向のまさかの行動に息をのんだ。

 

「ヒナタくん!だっ・・ダメっ!」

 

「闇払いっ!」

「ラッシングファイアッ!」

 

地を這うように放たれた2人の炎は、正面からぶつかり合うと互いを喰い合い、相殺して消え、真っ白な煙が辺りに立ち込めた。

 

「うおおぉーーーっ!スゲえぇー――!」「スゲーぞ!ボーズども!最高〜!」

 

すっかり演出演技だと思ってる周りのギャラリーはやんややんやと拍手の喝采。

煙の向こうにはまだ睨み合って構えを解かない2人の姿、一拍置いて、再び剣を構える。

 

「ヒナタ!」

「ヒナ!おい、お前何やってんだ!?」

 

「!?・・おっおじさま!」

「京にーちゃんも!」

「ふぇぇっっパパぁ〜、京にぃーちゃぁーん」

 

とソコへ騒ぎを聞きつけた蒼司と京が駆けつけてくる。

蒼司は悠奈たちの方へ、京は日向とユイトの間に割って入る。

 

「ゴメンね。ゾンビキャッスルのスタッフからおじさんの方へ連絡があって・・・日向が、まさかこんなコトを?本当にすまない!」

「違うのおじさま!ヒナタくんは何にも悪くないの、あの・・アイツがヒナタくんにイヤなコト言って、それで・・・それに・・・それに、ヒナタくん何かヘンなの!」

「せや!いつものヒナとちゃうっ!何や・・こう、なんかに取りつかれてるっちゅうか・・・」

「オレもそう思う!あんなのヒナタじゃないよ・・ヒナタのパパ!何とかしてやってよ!」

「パパ・・・おにーちゃん、なんかコワいよ。あんなお兄ちゃんモエ、ヤダぁぁぁ〜〜〜っ」

 

悠奈たちに口々に言われて、蒼司の顔色が一瞬で青ざめた。

振り返って日向の様子を見る。

 

「ユイト・・・ユイトおぉっ!」

「おー・・コワっ・・んっだよ?急に血の気出してよ。んなにオレが憎いか?」

「ユウナに謝れえッ!さもなきゃオレがオマエをコロス!燃えカスにしてやるぅ!」








「ヒナ・・・お前・・・」

 

京に取り押さえられながら、喉から吼えるように叫ぶ日向の姿に、蒼司は心臓を冷たい何かで鷲掴みにされた気になった。

(まさか、日向まで?)

 

「オイ、ガキ。お前確か昨日の・・・ユイトとかってガキだったか?」

「・・・アンタ、ヒナタの家族かなんか?」

「質問に答えろ。コイツに、ヒナタに何しやがった?」

「何にもしちゃぁいねーよ。ただ、コイツの前でユウナを後ろから抱きしめたら、いきなり謝れとか怒ってきやがってよォ。お前に関係あるか?ひょっとしてユウナに惚れてんのか?って聞いたらその瞬間プッツンよ。ワケわかんねえのはオレのほうだぜ?ったくメイワクな話」

「チッ・・クソガキがぁ・・この京サマが即刻その性根叩き直してやりてえトコだが、あいにくと今はヒナのコトの方が先決だ。消えろ。今だけ特別に見逃してやるからよ」

「んっだよそりゃあ。別にオレは今日、ソイツに用があったワケじゃねえんだぜ?ユウナだけに用があったからワザワザ来たってのに、ったくめんどくせぇ・・・」

 

ユイトはそう言うと、少し焦げたレプリカの剣を放り投げて、その場を立ち去り出した。

「待て!逃げるのかっ!?オレとの勝負は終わってねえぞっ!勝負しろ!ユイトぉっ!」

「ヒナ!落ち着けっ!冷静になれ」

「はなしっ・・・てっ!・・京っ・・にーちゃんっ!クソっ!ユイトぉっ!」

抵抗を続けて京の腕から何とか逃れようとしている日向が、いまだユイトに食って掛かろうとしている。

どうしたもんか?と悩んでいる京のところに近づいた蒼司は、そのまま屈んで日向の同じ目線に立ち、そして・・・

 

ぎゅ・・・

 

「!・・・あ・・・あ・・・」

 

まるで京から優しく受け取るかのように日向を、優しく抱きしめたのだった。

そのまま背中をさすって、落ち着かせるようにポンポンと叩いてやる。

「ヒナタ、大丈夫。大丈夫だから・・・」

「お・・・とー・・さん?」

「辛かったな。ユウナちゃんがイヤなコトをされてると思ったんだろう?大切な友達が。悔しかったよな?でも大丈夫だぞ。もうみんな大丈夫だ。誰も傷ついている人はいないよ、安心していいんだ」

「・・うっ・・うぇっ・・あ、お・・とうさぁん・・・」

蒼司が優しく日向に語り掛ける。直後。日向が少し刀身の焦げたレプリカの刀を取り落とした。

カランっという乾いた音に続いて、日向は大粒の涙を零し、そしてそのまま蒼司の腕の中で糸の切れた人形のようにがっくりと意識を失った。

 

「ヒナタくぅんっ!」

「ひっ・・ヒナ、ヒナあぁ〜っ!」

「ヒナタぁーっ!」

「うえぇ〜んっ・・おにいちゃぁ〜んっ」

 

「おっ・・とぉ?は、ハイ!こーしてぇ、ゾンビのサムライ少年、ヒナタは闘いを通して人の愛に目覚め、呪われた人生から解放され幸せに暮らしましたとさぁ〜・・め、めでたしめでたし。以上!ハ〜イお客さん、コレにてショー終了ですよ〜。ご観覧ありがとうございました〜ハハハ♪」

 

「お〜、なんだそういうハナシだったのか?」「いやー、迫力あったなぁ、あの男の子たちの演技も見事だったぞ」「見ごたえあったなうんうん」「あの黒髪のコ可愛い〜♪」「あたしはゾンビ役の子も中々なイケメンだと思うケドね〜w」

 

京の機転で、今までショーだと思って事の成り行きを見守っていたギャラリーたちがわらわらと散開する。コレだけ大暴れしてしても事件ととらえられずイベントの1つと意識されたことは助かった。

 

『ご来場のお客様にご案内いたします。ただいまより、大ホール北B特設会場において、夢を与えるのは?ファンタジーファッションショーを開幕いたします。是非お誘いあわせの上、ご覧ください。なおこのイベントにはゲストとして、人気女優の観月里佳氏をお招きしており・・・』

 

「あ・・・ママが審査員するファッションショーか・・・」

窈狼がボソリと呟くが、悠奈たちの興味は日向の方へと注がれている。

動かなくなった日向の方へ、全員が駆け寄り、その状態を心配している。

「みんなありがとう。心配しなくていいよ。気を失ってるだけだから」

蒼司の腕の中で今は安らかにスウスウと寝息をたてる日向を見て、フェアリーを含むその場の全員が、ホッと胸を撫でおろした。

「良かった。ヒナタくん・・・」

「もぉ〜・・ヒナのバカぁ、ぐすっ・・一時はホンマどーなるかと思ったやんかぁ」

「おにーちゃん。大丈夫?いたいトコない?」

七海や萌などはまだ心配そうに日向に纏わりついていたが、とりあえず医務室に運ぶ。と蒼司が日向を抱き上げてその場から立ち上がると、その後についていく。窈狼も一緒だ。

悠奈も行こうと思ったが、一瞬考えると、振り返って別の方向に走り出した。

「ちょっ・・ちょっとユウナちゃん!?ドコいくの?」

 

 

 

 

「待ってよっ!」

「あん?」

 

ユイトはふと、背後から呼び止められて思わず振り返る。ソコには息をつきなながら、自分を射るような眼差しで見る愛澤悠奈の姿があった。

答えるように体を彼女の方へと向ける。

「ハア・・ハァ・・っアンタって・・アンタってやっぱり最低っ!いっつもあたしにイジワルして、ヒナタくんにも、あんなにヒドイことして・・・」

「なんだよ、オマエもか?見てたハズだぜ?先に仕掛けて来たのはヒナタだったろ?なんで全部オレが悪いんだよ?不公平じゃねえか?」

「アンタがヒドイコト言うからでしょ!?ヒナタくんにあたしに・・っあたしっ・・にっ・・」

何も気に留めていないかのような彼の態度と、日向の暴走。そして、それに至ったあの発言を思い出すと、悠奈はワケが分からなくなって、どうしようもなく悔しくなって、頭と心の中がぐちゃぐちゃで、自分でもわからないうちにポロポロと涙が零れて、止まらなくなった。

 

「ほ・・惚れた・・とっか・・ひっ・・ひっくえっく・・ぐしゅっ・・な・・んで?あんなコトっ・・ヒナっ・・タくん・・にっ・・ヒドイよ。バカ・・バカぁぁ〜・・」

「ユウナちゃん・・・」

 

顔を真っ赤にして、拭っても後から後から溢れてくる涙を止めることもできなくて、そんな悠奈をしばらく傍観していたが、ふと、ユイトがゆっくりと近づいていく。

そして・・・

 

ぎゅう・・・っ

 

「・・・っ!?えっ!?」

「おっ・・オイ!?ユイトっ!?どうしたんだよ!」

「きゃあっ・・ユウナちゃん!」

 

レイアとそしてレムの驚愕の声も折り重なる。

今までのどこかふざけた感じとはあきらかに違う。

ユイトは優しく、それでいて強く。悠奈を抱きしめたのだ。

 

「・・・悪かった。今日は。ゴメンな・・・ヒナタにもそう、伝えといてくれ」

「え?・・あ?・・ちょっちょっと、何すんのよ!?今さらそんなコト言って・・は、離してよ!ねぇ・・」

「お化け屋敷でギャーギャーわめいてたお前と、ヒナタと楽しそうにしてたお前が、マジに可愛くてさ。イジワルしてみたくなった。ゴメンな」

「・・・アンタなんか。いつもイジワルじゃん・・ねえ?もう、ちょっと離してよ・・もう、わかったから。ヒナタくんも大丈夫だし。それに、あのコトはショーってコトにされたからもう別に・・・」

 

 

「エートピースの1つが見つかった。」

「え?」

 

 

「聞いてんだろ?エミリーの魔力の12に分けられたコア。その1つが見つかったんだよ」

「・・・あ、ソレって・・・」

「おっ・・オイ!ユイト!?何教えてんだよっ!ソレ・・まだオレとオマエしか知らないコトで・・・」

エートピースが!?ウソ!?ホントに!?

 

悠奈を抱きしめたまま、突然そんなコトを言うユイト。

エートピースとは確か、レイアとイリーナに聞いたか。グローリーグラウンドの魔女。ダークチルドレンズを率いている悪い奴の大ボス。メイガス・エミリーがイリーナの母、ソフィアと激闘を演じた時に分かたれた彼女の魔力の源。

エミリーの復活にはこの魔力がどうしても必要でダークチルドレンズにとっては、このエートピースの奪還も重要な任務である。

もちろん、悠奈たちセイバーチルドレンズにとっても、ダークチルドレンズに奪われるよりも先にコレを見つけ、グローリーグラウンドの王都、レインバードに持ち帰り、今度こそしっかり管理して外部から隔絶して保管することである。

 

「場所は、お前らのガッコウ、プールの裏に広がってるちょっとした森ん中に地蔵祀ってる小さい社がある。ソコだ」

「!!」

「ほ、ホントぉっ!?」

「おっ・・オイ〜!ユイトぉっ!?なんで言っちゃうんだよぉ!?」

と、レムから驚愕と批難の声が上がる。驚いたのは悠奈もレイアも同じだが、ユイトは変わらずだ。

 

「なんで?あたしにそんな・・・」

 

 

「ユウナ〜!やぁっと見つけたドコ行ってん?みんな探してんでぇ。ヒナもう大丈夫やで。戻ってきて・・・!!ゆっ・・ユウナ!」

 

 

と、悠奈を探しに来た七海が、誰かと一緒にいる悠奈を発見、その誰かの正体がわかると慌てて2人の間に割って入って、ユイトと悠奈を引き剥がす。

「な・・ナナミ・・」

「ダイジョブかユウナ?このヘンタイオトコ!ユウナに何してんねん!?よぅわからんケド、ヒナにもあんなヒドイコトして・・その上ユウナにまでこれ以上手ぇ出したら、ナナちゃんがただじゃおかんでえっ!」

「だ、大丈夫だから、ナナミ。何もされてないよ。」

七海の登場で、ユイトは悠奈から離れると、ふぅ・・と息を短く吐いてからこう言った。

「このコト、おそらくもうエミリーにも伝わる。これからはウチのガキどもも今まで以上に気合入れて襲ってくんぞ?ま、精々がんばんな」

と、それだけ言うと今度こそその場からユイトは立ち去ってしまった。後にギャースカと何やらわめくレムを引き連れて。

 

「・・・・・」

「なんやってん?アイツ・・・」

「わかんない・・でも・・・」

 

(なんか、ホントわかんない。最後のアイツ・・・すっごくあったかくて優しいカンジがした・・・)

 

 

 

 

 

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 

 

 

 

 

「今日は、なんかゴメンね。オレ、ほとんど覚えてなくて・・・ユイトが悠奈に抱き着いてきて、なんかイヤなコト言ったまでは覚えてんだケド・・・」

「いいよヒナタくん、誰もケガしてないし。気にしないで!それより・・ヒナタくんはもう大丈夫なの?」

「ありがとう。ユウナ、もう大丈夫だよ。ナナミもヤオランも、レイアもイーファも、もちろんモエも!」

 

医務室を出た一同。

今日のイベントは無事大盛況のうちに終わった。特に期せずしてはじまったユイトと日向の剣劇ショーが大盛り上がりとなり、撮影していた何人かの客がSNSで即座に拡散。その後の客入りに大きく貢献した。窈狼の母がゲスト出演したファッションショーも大いに盛り上がり、初日の出だしは快調。

蒼司の会社の班もこの仕事の大成功に沸き上がった。

打ち上げをしようと、このブース内の中世酒場を模した食堂で食事をすることになったのだが、心配していた日向の体調も問題なく、終わってみれば大成功の1日だった。

「でも驚いたなぁ、まさかモエにもレイアやイーファたちが見えるなんて・・・」

「えへへ〜♪もうおともだちになっちゃったもんね〜、レイアちゃんも、イーファくんも、ウェンディちゃんも、ユエくんも!」

「ね〜!モエちゃん!」

「おう、ヨロシクな!モエ」

「他にもこの近くにともだちがいるのよ?今度紹介するね」

「これからオイラたちともいっぱい遊ぼうな!」

 

「たださ、モエ・・その、おとーさんとおかーさんには・・・」

「わかってるよ♪ユウナちゃんとも約束したもん!お友達になれるのはフェアリーが見える人だけ。それ以外の人には内緒だって♪」

意気揚々と答える萌にうん。と頷く日向。と、ソコへ蒼司や京たちが到着する。

 

「いや〜、終わった終わった。ふぅ、働いたぜえ〜、ま、何にせよ成功して良かった良かった」

「京、今日は助かった。ありがとうな。コレ、バイト代」

「おぉーーーっ!きたきたきたぁ〜っ!いやー、助かるぜ蒼司さん!さんきゅうさんきゅう!マジで助かるよ」

「そう思うんなら、馬に突っ込んで無駄遣いするんじゃないぜ」

「いやいや、今度はもっとカタいレースで・・・って、なんで知ってんの?」

蒼司はやれやれと頭をかく。

「おとーさん!」

「ヒナタ」

「きょ・・・今日は、ゴメンナサイ。なんかオレ・・自分でもわかんなくなって・・・それであの・・メイワクかけちゃって、お手伝いしに来たのに・・その・・」

そんな日向に、蒼司は彼の髪を柔らかく撫でる。

「体は、もう大丈夫か?」

「え?・・あ・・うん・・・」

「そうか。なら良かった。あ、そうそう、ゾンビキャッスルのスタッフさんが言ってたぞ?ヒナタくんの演技力が抜群だったって。評判良かったぞ〜。このイベント中にもう一回くらい力を貸してもらおうかな?」

父のその言葉を聞くと、日向の表情がぱあっと明るくなる。元気よく「うん!」と答えた息子の髪をもう一度優しく撫でた。

 

「ゴメンなさ〜い!おそくなっちゃってぇ〜!」

 

と、ソコにもう1人来客が。

何と窈狼の母、ファッションショーにゲスト審査員として呼ばれていた観月里佳が現れたのだった。

「あ!ヤオランくんのママ〜!」と走り寄って行った萌を「うわぁ〜モエちゃん久しぶりぃ〜、おっきくなったねぇ〜きゃーおもいおもぉ〜い♪」と抱いてくるくると回っている。

 

「ママ!?」

「ヤオママ?なんでぇ?」

 

「ソコで京くんとばったり会っちゃってさ。これから飲み会やるって言われて、お呼ばれしちゃった♪」

「さて、みんな揃ったみたいだな。今日はウチの社の驕りだ。今日1日お疲れ様。さあ入ろうか、席はもう予約してある。存分に食べて飲んで、楽しんでくださいね」

「きゃほーっ♪ヤッタヤッタぁ〜!ねえねえヒナはウチの隣ねぇ〜♪」

「あーナナちゃん!おにーちゃんにベタベタしちゃダメ―っ!」

「なんやのええやないのそれくらいぃ〜!」

 

「ユウナちゃん」

「え?はい・・・」

「今日は、本当にありがとう。モエのコトや、ヒナタのコトも・・・」

「そ、そんな・・おじさま。あたし、あの時なんにもできなくて・・・」

「いや、キミのおかげで、ヒナタはまた1つ強くなれたと思う」

「え?あ・・あの、ソレってどういう・・・」

「おう、オレからも言わせてくんな。ありがとよ、ユウナちゃん」

 

と、蒼司と京から口々に言われる悠奈。

自分が今日、一体何をできたというのだろう?考えても今の悠奈にはわからなかった。

 

「ユウナちゃん!なにやってんの!?はやくゴハン食べよぉ〜あたし、もぉオナカぺこぺこぉ〜!」

「うるさいなぁ〜、わかったわよ。今行くから!」

 

そう言って、店の中に消えていく悠奈。その後ろ姿に、蒼司は軽く頭を下げた。

「・・・わかったんだな?ヒナの状態が」

「ああ、かつての私と同じだ。ヒナタの中にも、あの草薙の業が。私の血が流れているというコトだろう」

「ちいっとばかし驚いたぜ。ヒナのあの手のカオは見たことなかったしな。おそらくユウナちゃんのコト、あのユイトとかいうガキになんか言われて突発的にキレたんだろうよ?鬼が起きたのはその時だ。あの時のアンタと一緒に見えたよ」

「因果応報か・・・スマンな」

「アンタが謝るこっちゃねえだろ?ウチの血族のせいなんだからよ。ったく、メンドクセえぜ・・・でも、やっぱりカッコ良かったぜ蒼司さん」

「ん?」

「やっぱオヤジってスゲえんだな。ガキの頃もアンタにゃ敵わねえと思ったが、今はそれ以上に感じるぜ。なんっつーか、人間の器がよ」

「買いかぶりすぎだよ。京、私だってお前を頼りにしてるんだ。ヒナタやモエのコト・・これからもよろしく頼む」

「ま、オレも責任あるしな。やらせていただきますよっと・・さて、やっこさんらもう中に入っちまったし、オレらも中でとりあえず祝杯キメようや」

 

そう言って京は蒼司の肩に手を回して、かつての兄弟子と店の中へと足を進めた。

 

「?そう言えば京」

「あん?」

「さっきユウナちゃんが、なんか宙を見上げて誰かと話していた気がするんだが・・・アレは誰としゃべってたんだろうな?」

「っ!・・さ、さぁ〜・・う、宇宙・・交信・・とか?あ、案外異世界の・・フェアリーさんとか・・いたりしてなぁ〜・・ハハハ」

「なんだそりゃ?」

 

 

 

 

                  つ づ く